「テキサス州の地理」ではテキサス州のことを紹介しましたが、今回からはヒューストンについてです。こちらもまずは人口や地理のお話から始めます。
ヒューストンはハリス郡を中心に10郡にまたがる都市です。なんで都市が郡をまたぐんだ?そんな疑問は捨ててしまいなさい。ここはアメリカ。小さなことは気にしない懐の深い国なんです。
都市部の面積を数字で表すならば約1,550km²です。ピンときませんねぇ。日本の都道府県で最小の面積である香川県が約1870km²…これもピンとこないか…。山手線の内側の面積が約65km²なので、その24倍程度!…もう諦めます(´・ω・`)
「テキサス州の地理」でも紹介したとおり、ヒューストンは全米でも有数の人口を誇ります。このだだっ広い都市に住む人の数、なんと220万人!…多いのか少ないのかよく分かりません。日本で220万人と言うと、名古屋市が230万人で比較的近いようです。そしてヒューストンの人口密度が約1,400人/km²で、名古屋市の人口密度が約7,000人/km²です。
その差およそ5倍!
これは私も記事を書くにあたってびっくりな結果です。名古屋に住んだことがありますが、日本の地方都市としては一般的な人口密度だと思いますので。改めて考えるとヒューストンは広いんだなぁと思わされます。
西暦1836年にとある不動産屋が、現在も街の中心を流れるバッファロー・バイユーという川の周りに街を作るために土地を買いました。当時サンジャシントの戦いで名を上げたサミュエル・ヒューストン将軍(後のテキサス共和国大統領)の名をとって、その街はヒューストンと名づけられました。
ご存知のとおりアメリカ南部は奴隷制と綿花産業で発展してきました。ヒューストンもその中の一つ。ただし、東にボーモント、南にガルベストンと、いずれも石油産業と海運で栄えた都市とのアクセスに恵まれたため、その商業的な役割のために一段と躍進したようです。
さらに発展のきっかけとなったのが、1900年にガルベストンを襲ったガルベストン・ハリケーンでした。当時の港町として有数の規模であったガルベストンが高波によって壊滅的な打撃を受けたため、より内陸にあり、メキシコ湾までアクセスのよいヒューストンに港としての役割が期待されました。期待通りヒューストン港が完成し、今では全米第2位、世界で第10位の貨物取り扱い量になっています。